人のために頑張りすぎて疲れた時に読む本/根本裕幸

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軽い本の紹介みんなに喜んでほしいと気配りしているのに、モヤモヤ・イライラすることはありませんか?「人の仕事ばかり手伝って、自分の仕事がたまっちゃう!」「家族から一度も感謝されたことがないような・・・」こんな思いを抱いたことがあるあなた。周りの空気を上手に読んで、先回りして行動してしまう「お察し上手」かもしれません!「いつか相手もわかってくれる・・・」と思っていませんか?でも、実はその期待、必ず裏切られてしまう法則があります。周囲に、あなたほどの「お察し上手」がいるわけではありません。あなたと同じようには、空気を読んだり、他人を優先したりできないのです。「お察し上手」で相手に期待し続ける限り、いつまでもしんどいまま。本書では、他人に期待してしまう気持ちを変える方法をたっぷりご紹介!

「察しすぎ」が人間関係を困らせる

「お察し上手」の人は、人間関係を先読みして、順序よく考えていくクセがついています。「自分がこうしたら、相手はこう言うだろう。だから、次はこういう風にして、相手もこうするから、それで自分でこうする」……みたいに相手の言動を将棋の対局のようにずっと先の手まで読んでいるのです。将棋の世界では一手ずつ順番に差しますし、駒の種類も盤の大きさも決められています。プロの対局ともなれば一手に長い時間をかけることはザラで、その間も相手はきちんと待ってくれています。しかし、人間関係にルールはあってないようなもの。相手はあなたの行動を待ってくれるわけでもないですし、相手の気持ちや行動を先読みしたところで、「答え」はありません。考えれば考えるほど様々な手が浮かび、それに比例して予測される相手の行動も増えていきます。つまり、相手のことを考えて気持ちや行動を先読みするほど、さらに相手のことを考える羽目になってしまいます。そうすると、自分の行動を正しく評価されないどころか、最後は「考えすぎて、何も手につかない……」というがんじがらめの状態になってしまうのです。相手は、あなたがそこまで自分のことを考えてくれているとは思いもしません。そうすると、あなたが使った時間とエネルギーは空回りしてしまい、「はっきりしない奴だな。何考えているのかわからないんだよ!」と相手を怒らせてしまうケースさえ出てくるのです。人間関係には「バランスの法則」というものがあります。「ワンマン社長の元にはイエスマンしか残らない」「ヒステリックな女性の夫は大人しい」という具合に、人間関係は不思議なほどプラス・マイナスのバランスを保つようにできています。あなたが「お察し上手」だとすると、「バランスの法則」によって、あなたの近くには無神経な人が集まりやすくなるものです。「仕事でこんなに頑張っているのに、何で評価してもらえないの?」「家族のことをあれこれ察して動いているのに、どうしてみんな気付かないの?」と思われる原因の多くはこれです。「バランスの法則」から考えると、あなたが一生懸命、気を遣おうとしている相手は、あなたほど「お察し上手」でもなければ、細やかな性格でもない、ということです。それならば「もし、自分が言われたらきっと傷つくであろう」と思われる言葉でも、意外に相手はすんなりと受け入れる可能性が高いのです。すなわち「こういう言い方をしたら嫌な気分にさせるんじゃないか?」などという配慮は、実は不要なケースが多いのです。

僕の人生の中でもこれは「察しすぎたなぁ」という経験がいくつかあった。そのうちの一つが、相手の直して欲しいことについて伝えるとき、ストレートに「○○をやめてほしい」と言ってしまっては相手が傷ついてしまうと勝手に察し、遠回しにやめてほしい内容を伝えると、相手からは「それぐらいの内容ならはっきり言ってくれていいんだよ」と言われてしまった経験があった。僕の中では、相手のことを考慮したつもりでとった行動が、相手からすれば、考慮してもらうほどの内容でもなかったというケースだ。このとき自分の価値観と相手の価値観が必ずしも一致するとは限らないのだと知った。

「これだけ頑張れば、喜んでもらえる」

人が心の中で抱いた期待は、簡単に裏切られるという法則があります。「これだけの配慮をしたんだ。相手は私をちゃんと評価してくれるはず」「相手の気持ちに寄り添う提案をしたんだから、相手は喜ぶに違いない」「きっと相手はこう考えるから、こういう風にしておけば問題は起こらないだろう」「~のはず」「~してくれるに違いない」「~してくれるだろう」という気持ちの裏には「期待」が隠されています。この期待は、相手に対する都合の良い解釈に基づいていることが多いため、自分の思った通りに相手が動くことがなく、結果として裏切られてしまいます。すなわち、「これだけの配慮をしたのに、評価してくれなかった」「相手の気持ちに寄り添う提案をしたのに、喜んでくれなかった」「こうしておけば大丈夫と思っていたのに、問題が起きてしまった」という現象が起こるわけです。「お察し上手」の人は、無意識のうちに相手の意図を汲み取り、そして、それに対処すべく行動しています。しかし、時として、読みが外れてショックを受けることもあります。これも、相手に何かを期待していた証拠だといえるのです。そもそも日本人は他人を評価したり、認めたり、褒めたりすることが苦手です。私のもとを訪れるクライアントさんにも、まったく親から褒められたことがない、という人は珍しくありません。「認められたい、褒められたい」という思いは「承認欲求」といいます。自分の行動や考えを、誰かから認められたがる自然な欲求です。褒められた経験が少ない人はその分だけ、他人からの承認を求める気持ちが強くなる傾向にあります。「お察し上手」の人も、はじめは「相手のために」という思いから行動していたものの、だんだん「気付いてほしい、認めてほしい、褒めてほしい」という欲求が強まるようになります。ただし、相手の気持ちを先読みしてしまうせいで、自分から「認めてほしい」と伝えることに強い抵抗を覚えてしまいます。「こんなことを言われたら嫌だろうな」と想像して、気付いてほしいと言えません。自分が相手の気持ちを察しているように、相手にも自分の気持ちを察してほしいと「期待」するようになるのです。そして、先ほどお話ししたように「期待は必ず裏切られる」ので、承認欲求は満たされないままになります。そうすると、「こんな能力いらない!察する力なんてなければよかったのに!」と思うようになるのです。こうしたことに悩んでしまわないために、お伝えしていることは、期待とは「手放す」ものだ、ということです。相手は自分と同じ能力を持っているわけではありませんし、自分と同じことはできません。相手はあなたのような繊細さ、敏感さを持ち合わせてはいないので、あなたの配慮を気にもかけずに無下にすることもあるでしょう。まず相手は理解しないという「現実」を受け止めて、こうしたことのショックを和らげ、期待することを手放しましょう。

僕も相手の顔色をうかがいながら次に話す内容や行動を取っていることが多いと、この本を読んで気付いた。相手の行動や気持ちを先読みしても、反応が薄かったりすると「なぜ、自分の親切が伝わらないのだろう?」と思い、それがストレスになってしまうこともあった。しかし、誰もが同じ思考をしているはずがないし、ものごと対する考え方は人それぞれあり、それが当たり前と考えられるようになってからは、自分の行動や発言が全て相手に受け入れられるはずがないと思うようになった。また、この考え方をもてるようになってからは、人と関わることがすごく楽になった。ポイントは相手に期待しすぎないこと。先日、友人からこのような愚痴を聞いた。「バレンタインのお返しが、あげた物の半額ぐらいの価値しかなく悲しかった」と。正直、これに関しても「期待のしすぎ」というしかない。バレンタインをあげた人からすれば「これだけの価値ある物をあげたのだから、相手からのお返しも期待していいよね」と思っていたのかもしれないが、実際は期待していた物ではなく気持ちが沈んでいるという状況だ。こうしたモヤモヤの原因は、見返りを求めてバレンタインを贈ったことや、そもそも期待しすぎたこと、欲しいものをあらかじめ伝えていなかったことなどがあげられる。少し寂しいことを言ってしまうと「お返しが好きな人からもらえるだけでも感謝」という程度に考えることが大切である。

喜んでもらえなくても、自分を否定しない

気を遣う人というのは、色々と周りの人の様子を観察し、また、空気を読んで行動することができる人です。それが自分自信の純粋な喜びにつながっている場合は、「自分軸」で考えられている証拠です。ですが、「嫌われたくない」「場の空気を乱したくない」「迷惑をかけたくない」「失敗したくない」「目立ちたくない」「恥をかきたくない」などの思いが背景にある場合は「他人軸」になっています。「他人軸」のときは、相手の反応が気になってしかたありません。嫌われないように、迷惑をかけないように振る舞うのは、「他人軸」である証拠なのです。そうすると、自分の行動が「相手の気分を害さない」という条件に縛られるようになります。相手の心の動きは読めないですから、大きく神経を使うことになります。そして、だんだん自分の心が疲れてしまうのです。このときは「相手に喜んでほしい」という思いよりも、「嫌われたくない」という思いのほうが上回っています。さらに「相手に喜んでほしい」という思いの裏には、純粋に自分の喜びにつながるからではなく、「自分を特別に扱ってくれる」「相手が自分を好きになってくれる」「相手に嫌われなくて済む」という思いに支配されていることもあるでしょう。相手に気を遣っているとき、「与える」とは正反対の「取引」が生まれます。大切な人にプレゼントを選ぶこと自体が「苦痛」に感じられるようになるのです。やっていること、思いは素晴らしいことなのに、「取引」が隠れているぶんだけ苦しいのです。とても幸せな状態とはいえません。

日本人は特に「他人軸」で生きている人が多いと思う。周囲の目を気にして素直に行動することができないからだ。人生を左右する決断をするときでさえ「親はこの決断をどう思うだろうか」「この決断をしたら周りからは反対されてしまうだろうか」などと、自分の将来の選択でさえ「他人軸」になってしまう人が多い気がする。誰もが自己中になれとは言わないが、もっと「自分軸」で物事の判断してもいいと思う。誰にでも遠慮してしまう人生ほどつまらないものはないのだから。

 

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