人生の決め方/山岸洋一

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情報量の増大により、人間の処理能力は限界を超えています。オーバーフローを起こしたの脳は、五感を麻痺させ、日常的なコミュニケーションすら困難にさせてしまう。私たりにいま必要なのは「時間」「コミュニケーション」「感情」において「バッファ」をつくること。それにより自分の力を取り戻し、周囲への影響力と、制限のない自由を得ることができます。『7つの習慣』で知られるフランクリン・コヴィー社日本法人の元トップセールスが、世の常識や風潮ではなく、自分で自分の人生を決める方法を綴る。

「生きるための仕事」からの解放

 第3の波によってもたらされる変化は多岐にわたるでしょう。未来学者でもない限り、そのすべてについて解説することはできません。現在誰も想定していない変化が、これから起こってくる可能性も大いにあります。

 ここで取り上げたい大きな変化は、人と仕事の関係についてです。

 太古の昔から、人は生きるために仕事をしてきました。狩りをし、農作物を育て、工業製品を作る。貨幣制度が整ってからは、人は仕事の対価として収入を得ることで、自分の生活を賄ってきました。

 そのため、私たちは仕事を失うことにとても恐怖を感じます。失業は自分や家族の生活を破綻させる恐怖に直結するのです。

 ここにAIが大きく関わってきます。「これから10年間のうちにAIによってなくなる職業リスト」のような情報を見た人も多いのではないでしょうか。AIが社会に浸透すればするほど、人がいままで行っていた作業がAIに代替され、人の仕事がなくなっていく。そのこと自体は間違いありません。

 こうした現象を、「AIが人の仕事を奪う」と捉えるのか、「人が仕事から解放される」と考えるのかは、受け止め方の違いです。AIを敵とみなし、生きる糧を奪われると考えるよりは、解放されると受け取ったほうが精神衛生上は良いかもしれません。

 ただし、私たちが仕事から解放されたと思うためには、仕事がなくなっても生活が成り立たなければいけないという条件があります。仕事がなくなることで収入もなくなっているのに「解放された」と感じる人はいないでしょう。

 AIが人の仕事を代替していくと、企業は人件費を払わなくてよくなります。すると先進国各国は、減った人件費分に対して、何らかの形で企業に課税するでしょう。そしてそれを原資にして、BI(ベーシック・インカム)のような制度を取り入れると予想されます。国民全員に生活費の給付を行い、働かなくても必要最低限度の暮らしを維持できるような社会構造へ、変化させると考えられるのです。

 もちろん、国内情勢を配慮して、導入される制度は国によってさまざまな形になるでしょう。給付される生活費も現金とは限らず、電子マネーや地域通貨など制限付きのものにる可能性が高いと思います。

 ともあれ、人類は生きるための仕事から解放されます。早ければ今度10年以内にこの変化は起こってきます。懸念として、AIにより仕事を失う人が増えているのに、政府の施策が遅れることで混乱が発生する可能性も考えられますが。

近い将来、ほとんどの仕事をAIがすることによって、人は働かなくても生活ができるという世の中になると予想されています。AIがもたらす恩恵をどのように捉えるかは人それぞれで、仕事がなくなると怯える人、働かなくても生きていけると喜ぶ人、そもそも働かないのに生きていけるはずがないと疑う人もいます。ほとんどの人は実際に経験をしてみないと、物事の良し悪しを判断することができません。スマホの誕生がそのいい例だと思います。スマホは発売される前と発売された後の両方で「こんなもの必要ないでしょ」とスマホの存在を小馬鹿にする人がほとんどでした。しかし、スマホに実際に触れて使用した途端に多くの人のスマホに対する価値観が180度変わったはずです。いま、AIに仕事を奪われて生活ができなくなるのではないかと不安や疑問を持っている人も、AIのおかげで仕事をしなくても生活が成り立つ世の中が本当にくれば、スマホの誕生のように価値観が180度変わることになるはずです。

成果を生まない行動を切り捨てる

いまやっていることが、そもそも本当にやらなければいけないことなのか、についてです。

 例えば、ある2人が英語の勉強をしているとします。

 1人は、TOEICで800点を超えなければ、社内規定によって次の昇進試験を受けることすらできません。そのため可処分時間が少ない中で、計画を立てて勉強していきます。これは、その人が昇進を望んでいるのなら明らかに必要なことです。実際に英語力も身についていくでしょう。

 もう1人は、ここ数年外国との接点もなく、将来海外で活躍したいというビジョンも特にありません。近年の風潮から、なんとなく英語くらいできないとまずいなと考えて、ある程度の時間を費やして英語を勉強します。この場合、英語をどう使うのかというイメージがないため、成果もあまり上がらないでしょう。

 後者にとって、英語を勉強する時間には本当に意味があるのでしょうか。「やらなければいけない」と思っていることの多くは、思い込みによってつくられています。

僕は、大学生のときにリテールマーケティング検定1級(販売士検定)という資格を取得した。この資格は大手家電量販店などが社員に取得を推奨している試験で、この資格を持っているだけで就活生は内定をもらいやすいとまで言われていた。しかし、この資格が僕の人生で必要だったのかと考えると、全く必要ではなかった。取得した理由は、一つぐらいは資格が欲しかったからという安易な考えでしかなかった。まさに成果を生まない行動だった。この資格に費やした時間をもっと他の何かに有効活用できていたら、僕の人生は今とは少し変わっていたのかもしれない。よく使わない資格をいくつも取得する人(資格マニア)がいるが、僕のこの経験からすれば本当に時間の無駄使いだと思ってしまう。情報が溢れかえっている現代で、必要な情報をどれだけ取捨選択できるかが、世の常識や風潮に流されないで自分で自分の人生を決める方法だと思います。

 

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